Cntlog

AIが当たり前のプロダクト開発デザイナーの役割についての思考メモ

考え方

投稿日

開発速度の劇的な向上が起こす市場変化

近年の生成AIの進化は、プロダクト開発の現場を大きく変えつつあるように感じている。

コードの自動生成、仕様書からのUIデザイン案作成、テストの自動化…。これらの精度は少し前はいまいちと感じていたのが最近は大分質が上がっている。

これまで多くの時間を要していたプロセスが劇的に短縮され、プロダクトを市場に投入するまでの時間は、確かに短くなっていて、この「開発速度の向上」は、ビジネスにとって大きなメリットであることは間違いない。

しかし、この生産性向上の恩恵のなかで、ふと「私たちは、本当に『正しいもの』を、速く作れているのだろうか?」という問いが頭をよぎることがある。

開発の「速度」と「量」が向上したプロダクトが量産化される環境でプロダクトが向き合うべき本質的な「質」、つまり「顧客にとっての真の価値」という観点が、以前にも増して重要になっているのではないか。そんな気がしてならない。

「機能」はすぐに真似される時代になる

この感覚を裏付けるのが、「機能のコモディティ化」という現象かもしれない。

自社がAIを活用して開発を高速化できるということは、当然、競合他社も同じことができる。あるプロダクトが画期的な機能をリリースしても、数週間後には、競合が類似の機能を実装してくる。

例えば、AIを前提として設計されたエディタとして注目された「Cursor」が持つような、コードベース全体と対話しながら開発を進めるという体験は、あっという間に「Amazon Q Developer」のような大手クラウド企業のツールにも搭載されました。

また、Anthropic社のモデルをコマンドラインで対話的に利用できるツールがあれば、すぐにGoogleから「Gemini CLI」が登場するといった流れを見ていると、革新的なアイデアも、すぐに業界の「当たり前」になってしまうことが分かります。

このような状況では、機能的な優位性を長期間保つことは、ますます難しくなっていくのではないだろうか。

かつてスマートフォンの世界で起こったように、スペック競争がやがて終わりを迎え、ユーザーがスペックの数字だけでは製品を選ばなくなった。

プロダクト開発の世界でも、今後似たような現象が起こってくると予想している。「作れること」自体が差別化要因になりにくくなった今、僕たちはどこで競争優位を築いていけば良いのだろうかが今悩んでることです。

この問いから目をそらし、ただ速度競争だけに没頭してしまうと、結果として生まれるのは、誰にも深くは愛されないプロダクトの山と、それを生み出すために費やされた貴重な開発リソースの浪費…、そんな未来に自分はなりたくないので失敗をしたとしても学びのサイクルを増やしていきたい。

ユーザーがプロダクトを選ぶ基準はどこへ向かうのか

もし、機能による差別化が難しくなっていくのだとしたら、ユーザーがプロダクトを選ぶ基準は、より根源的な部分、つまり「体験価値(ユーザーエクスペリエンス=UX)」へと移っていくのが今考えているところです。

これは単に「UIが美しい」「操作が分かりやすい」といった表層的な話に留まらない。

ユーザーがプロダクトと出会い、使い始め、目的を達成し、時には離れるまでの一連のプロセス全体を通じて感じる「心地よさ」や「信頼感」、「課題が解決された満足感」、そして「自分のことを分かってくれている」というような、情緒的な繋がりまでを含む総合的な価値までをユーザーは比較してくる。

この「体験価値」という、一見すると曖昧なものが、これからのビジネスにおいて、実はとても重要な役割を担うのではないだろうか。

  • LTV(顧客生涯価値)への影響: 気持ちの良い体験とプロダクトの価値提供は、ユーザーに「このプロダクトを使い続けたい」と思わせ、自然と長期的な関係に繋がる。
  • 解約率(チャーンレート)への影響: ユーザーがサービスを解約する理由は、「価格」だけではないはず。「使い方が分かりにくい」「目的を達成できない」といった体験の悪さが、静かな離脱の原因になっているケースは少なくないだろう。優れたUXは、こうした「サイレントチャーン」を防ぐ一つの鍵になるかもしれない。
  • ブランドへの信頼: 「この会社の製品なら間違いない」という信頼感は、きっとポジティブな体験の積み重ねから生まれる。そうなれば、ユーザーは価格競争に惑わされることなく製品を選び続け、さらには自発的に製品を推奨してくれる存在になる可能性だってある。

体験価値への投資は、不確実な未来への投機ではなく、持続的な成長を目指す上で、実はとても合理的な選択肢の一つに思えてくる。

3. これからの競争力の源泉はどこにあるのか

では、この模倣されにくい「体験価値」は、どうすれば生み出せるのだろうか。

その一つの可能性として、意思決定のできるUXデザイナーの役割が重要になってくるのではないかと考えている。

多くの組織では、デザイナーは「UIを美しく整える人」と見なされがちだ。しかし、この価値観のままで仕事を続けているとユーザーは加速的に離れていってします。

ビジネスとユーザーの間に立ち、双方の言葉を翻訳し、価値を最大化する「戦略家」のような役割が、UXデザイナーをより重要にしてくれるのかもしれない。

ユーザーとビジネスを繋ぐ「設計者」という役割

UXデザイナーの仕事は、ユーザーの行動データやアンケート結果といった定量的な情報だけでなく、インタビューや行動観察を通じて得られる「なぜそう感じるのか」「本当は何に困っているのか」といった定性的なインサイトを深く理解する**「インプット」**から始まる。

そして、その深い顧客理解を基に、ビジネス上の目標や技術的な制約といった現実的な条件とすり合わせながら、ユーザーの課題を解決する具体的なプロダクト体験として設計する**「アウトプット」**へと繋げていく。

ユーザーの曖昧で言語化されていないニーズを、実装可能な仕様に組み立てていくと同時に、ビジネスサイドの目標を、ユーザーが受け入れやすく、価値を感じられる体験へと設計する。

この両方向の設計こそが、独りよがりでも、ビジネスを無視したものでもない、成功確率の高いプロダクトを生み出すのではないだろうか。

組織に蓄積される「顧客理解」という資産

さらに重要なのは、UXデザイナーの活動が、単一のプロジェクトを成功させるだけでなく、「顧客理解」という無形の情報資産を組織に蓄積していく点かもしれない。

ユーザーリサーチを通じて作成されたペルソナやカスタマージャーニーマップは、単なる成果物ではない。

それらは、「私たちの顧客は誰で、何を考え、何に困っているのか」という組織共通の理解、つまり「共通言語」を形成するためのきっかけになる。

この資産は、マーケティングや営業、カスタマーサポートなど、部門を横断して活用できる可能性を秘めている。

AIがどれだけ進化しても、この人間に対する深い洞察と共感から生まれる情報資産をゼロから生み出すことは、まだ難しいだろう。これこそが、他社が容易に模倣できない、持続的な競争優位性の源泉となり得るのかもしれない。

デザイナーの価値を活かすために、どんな環境が必要だろうか

もしUXデザイナーがその価値を発揮するとしたら、どのような環境が必要になるのだろうか。

ここでは、考えられる3つのポイントについて思考を整理してみたい。

貢献度をどう測ればよいか?

「デザイナーのアウトプットをどう評価すればよいか分からない」という声はよく聞く。私もよくわからない。

もし、その評価が「作った画面数」や「UIの見た目の美しさ」に偏っているとしたら、それはデザイナーの価値の非常に浅い一部しか見ていない。

本来、目を向けるべきは、**「デザイナーの活動が、どれだけユーザー課題の解決とビジネス目標の達成に繋がったか」**となる。

例えば、担当機能のCVR改善や、ユーザーテストで発見・改善した課題の数、リサーチから得たインサイトが戦略に与えた影響など。

事業目標と個人の目標を接続させることで、デザイナーは「作る」だけでなく「成果を出す」ことを意識し、より事業に貢献できる存在へと成長していくのかもしれない。

いつ、意思決定に関わるべきか?

デザイナーの関与が、開発プロセスの終盤、つまり「仕様が決まった後のお化粧」から始まっているとしたら、それこそAIに任せられる領域になる。

顧客を深く理解しているデザイナーが、プロダクトの戦略や要件定義といった、より上流の意思決定プロセスに参画することで、開発の初期段階でより本質的な議論が可能になるのではないか。

「そもそもこの機能は必要か?」「より大きな課題は別にあるのでは?」といった問いが生まれれば、早い段階でプロトタイプを作成して意思決定を加速させたり、開発終盤での大規模な手戻りを防ぎ、結果としてリソースの浪費を抑えることに繋げられる。

どうやって顧客理解を深めるか?

優れたアウトプットは、質の高いインプットからしか生まれない。

デザイナーにとってのインプットとは、すなわち顧客を理解するためのリサーチ活動だ。

「時間がない」「予算がない」といった理由でリサーチ活動が軽視されると、デザイナーは自身の経験や憶測に頼らざるを得なくなる。それでは、プロダクトが顧客の本当の姿から乖離していくリスクが高まりデザイナーに依存するだけの脆いチームになってしまう。

組織として、ユーザーと直接対話する機会や、そのための時間と予算を意識的に確保することが、結局はプロダクトの成功確率を高めることに繋がるのではないか。

リーンなリサーチ手法も増えている今、大切なのは「顧客を理解しよう」という文化を組織として育んでいく姿勢そのものなのかもしれない。

これからの時代に、私たちは何をすべきか

AIは、プロダクト開発における強力なエンジンになっている。

しかし、どれだけ高性能なエンジンを積んでいても、進むべき方向を示す羅針盤と、それを読み解く航海士がいなければ、目的地にはたどり着けない。

このAI時代において、UXデザインは「羅針盤」であり、UXデザイナーは「航海士」のような役割を担っていくことになるのかもしれない。

開発の高速化というAIの恩恵を最大限に享受するためには、AIを使いこなす「人」と、その人々が活躍できる「組織」がどうあるべきかを考える必要があるのだろう。

短期的な開発効率の追求だけに目を奪われるのではなく、その先にある持続的な成長を見据え、顧客と真摯に向き合い、その体験価値を高めることに投資していくことが今やらないといけないことだと思う。